和食器の九谷焼と有田焼
和食器と九谷焼
日本には多くの窯元があり、各地で優れた焼物が誕生しています。和食器はこうした窯元から、次々と生まれいつでも私たちの目を楽しませてくれます。
石川県能美市や金沢市で盛んとされる九谷焼は、やや青っぽい素地と絵付けが特徴の焼物です。花器や茶器のほか皿、徳利や猪口などの酒器などの和食器にも多く見られます。その歴史は古く、江戸時代初期の1655(明暦元)年ごろにさかのぼります。
大聖寺藩の九谷村(石川県加賀市あたり)で、良質の陶石がみつかったのを機に、藩士後藤才次郎を有田へやり、陶器、磁器を焼かせたのが始まりといわれています。日本的色絵磁器の代表として現在も高い評価をされています。
ところが1730(享保15)年、釜は突然閉じられたといわれています。何の文献もなく、理由は今だわからずじまいです。九谷焼は謎が多く、古九谷は有田で焼かれていたという節や、絵付けだけは九谷でされていたなど現在も多くの議論がなされています。
現在の九谷焼は、廃窯から約80年後興された、再興九谷とされています。金沢の春日山(かすがやま)窯が開かれ、その後能美市の花坂山(小松市八幡)にて新たな陶石が発見されました。再興九谷はここが主な採石場となっています。
再興九谷の主な画風は、古い順に古九谷、木米、吉田屋、飯田屋、庄三、永楽と進化を遂げました。どの画風も美しく、和食器には欠かせない一品とされています。
ご家庭でも、九谷焼和食器を一度使ってみてはいかがでしょうか。